ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)

写実主義
1819年6月10日‐1877年12月31日
写実主義の代表画家として有名なクールベは、現実のありのままを絵画にしたいと願い、それを実行した人でした。そして、世界で初めて絵画の個展を開いた画家としても知られています。「生きた絵画を制作すること」を目的として絵を描き続けたクールベとはどのような画家だったのでしょうか。クールベの絵画をパッと見ただけだと、なんだか難しそうな絵にも思えてきます。ですが、クールベがどんな思いでその絵をかいていたのかを考えると彼の人柄がわかってくるような気になります。

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クールベのプロフィール
1819年、フランスの小さな町であるオルナンに裕福な農家の子供としてうまれました。
クールベは14歳から絵を描きはじめ、1840年21歳でパリに引っ越しました。クールベの両親は法律家になるためにパリに出したのですが、画家になりたかったクールベはすぐに美術学校に入り、本格的に画家を目指したのです。
1844年の25歳でサロンに出品した自画像が入選し、これが画家デビューとなりました。しかし、サロンに入選したのにも関わらず、クールベの作品はなかなか評判になりませんでした。
クールベが画家として認められるようになったのは、4年後の1848年のことでした。ようやく世間に認められるようになったころ、自分のうまれ故郷を大切に思いながら、クールベは政府の考えに反発するようになっていきます。クールベは自分の主張を絵画で表現したために、再び批評されてしまいます。
1855年のパリの万国博覧会のとき、クールベは展示を断られてしまいます。展示を断られたクールベは、万国博覧会のすぐ近くで「クールベ個展」を開いたのです。当時の画家たちはグループで展示会を開くことはあっても、個展を開くことはありませんでした。
このクールベが開いた個展は世界初といわれています。そして、この個展のときに「リアリズム」という言葉を宣伝に使ったことがきっかけでクールベは写実主義の先駆者と位置づけられるようになったのです。
これ以降、写実的な絵画を多く描くようになったクールベですが、社会主義運動にも参加するようになりました。これは保守的で伝統的な価値観に対する反発からです。1870年には反乱に参加したとしてつかまってしまいます。その後はスイスに亡命して、1877年にスイスでこの世を去りました。
亡命後のクールベは、再びフランスに帰りたいと願っていましたが、フランスに戻れませんでした。
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ミレイ
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モネ
ピサロ
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スーラ
ルソー
ピカソ
ダヴィッド
クールベの絵画の特徴
これまでの作品に登場する人や物を美化する描き方や、神話や歴史上のできごとを絵画にすることを嫌っていたクールベは、現実にあるものを描くことにこだわり続けました。美しいものは美しく、みにくいものはみにくいままに描き続けたのです。しかし、絵画の手法に関しては伝統的な手法を利用している絵画もあります。
クールベが革命的な画家だといわれている理由は、絵画の大きさにもあります。当時、巨大な絵画を制作する場合は、歴史や神話を描いた作品に限られていました。それをクールベのうまれ故郷の葬儀の様子を描いたり、自分のアトリエの様子を描いたりしました。これは当時の人々にとっては衝撃的なことでもありました。
クールベの有名な絵画
当時の美術界では斬新な方法をとっていたクールベの絵画は、現在では評価されていることでもあります。そんなクールベの代表的な絵画を紹介しましょう。
オルナンの埋葬
オルナンの埋葬 – クールベ
高さ3.1m幅6.7mもある巨大なこの絵画に描かれている人物たちは、60人近くいて、ほぼ等身大です。そして、クールベの故郷であるオルナンに実際にいた人々がモデルとなっています。人々の表情は美化されることなく、現実をありのままに描いているのです。
この作品を発表したとき、世間は大騒ぎしました。大きな絵画は歴史的なできごとか神話に限るという暗黙の了解があったのです。それを田舎の日常の一部を描いたために、クールベは非難されてしまったのです。この絵画はオルセー美術館にあります。
画家のアトリエ
画家のアトリエ – クールベ
画家のアトリエ:私の芸術生活の7年にわたる一側面を規定する現実的寓意画
この絵画はパリの万国博覧会中に開かれた、クールベの個展で展示されていた作品です。写実主義と呼ばれているクールベですが、この作品に描かれている人物たちは象徴的なのです。ここに登場している人物にはナポレオンや農夫などさまざまな階級の人が登場しているのです。
そして、クールベは友人の手紙に「私の主張を認め、私の理念を支え、私の活動を指示してくれている人全員を描いた」と書いています。オルセー美術館にあります。
写実主義のリーダーといわれたクールベは、自分を写実主義といわれるのがあまり好きではなかったようです。個展を開いたときのパンフレットに、クールベのこんな言葉が残っています。
「時代の風俗、思想、その諸相を私自身の目を通して記録し、画家としてだけではなく1人の人間として、生きた絵画を制作することが目的である」