ロレンツォ・ディ・クレディ

ロレンツォ・ディ・クレディ(ジョルジョ・ヴァザーリ著『画家・彫刻家・建築家列伝』より)
ロレンツォ・ディ・クレディ(Lorenzo di Credi, 1459年頃 – 1537年1月12日)は、イタリアの画家、彫刻家。レオナルド・ダ・ヴィンチに影響を与え、後には、反対にダ・ヴィンチから影響を受けた。ロレンツォ・ディ・クレーディとも表記される。

生涯[編集]
クレディはフィレンツェに生まれた。アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房で仕事を始め、ヴェロッキオの死後は、工房を引き継いだ。工房にいる間、クレディはピストイア大聖堂のために『Madonna di Piazza(広場の聖母)』を作ったが、おそらく何人かの彫刻家と共同で作ったものと思われる。

クレディの初期の作品の中には、ウフィッツィ美術館にある『受胎告知』、トリノのサバウダ美術館にある『聖母子』、ヴェネツィアのクェリーニ・スタンパーリアにある『幼子の崇拝』がある。もう少し後の時代の作品では、ルーヴル美術館の『聖者たちと聖母』(1493年)、ウフィッツィ美術館の『幼子の崇拝』といったものがある。フィエーゾレでは、サン・ドメニコ修道院祭壇のフラ・アンジェリコのパネルの一部を作り直した。

ゲッティンゲン美術館の『キリスト磔刑』、イギリス、ケンブリッジの『受胎告知』、ピストイアの『聖者たちと聖母』は、クレディの円熟期の作品で、フラ・バルトロメオ、ペルジーノ、若きラファエロの影響が強い。

クレディの描いたカテリーナ・スフォルツァの肖像画の顔と、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』の顔の類似を、研究者たちが指摘している。

 

クレディ『カテリーナ・スフォルツァ』

ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』
カテリーナ・スフォルツァはフォルリとイーモラ(ともにイタリア)の領主夫人で、後にチェーザレ・ボルジアの俘虜となった女性である。『La dama dei gelsomini(ジャスミン婦人)』という名前でも知られるこの肖像画は現在フォルリ美術館にある。

参考文献[編集]
ウィキメディア・コモンズには、ロレンツォ・ディ・クレディに関連するメディアがあります。
Hobbes, James R. (1849). Picture collector’s manual; Dictionary of Painters (volume II). T. & W. Boone, 29 Bond Street, London; Digitized by Googlebooks (2006) from Oxford library. pp. pages 153.
カテゴリ: 1450年代生1537年没イタリアの画家15世紀の美術家16世紀の美術家
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最終更新 2013年3月22日 (金) 08:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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